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福島寛志を巡る冒険

福島寛志を巡る冒険

福島寛志を巡る冒険 9

僕はなんだか自分が福島寛志にでもなってしまったような気がしたものだった。
誰も僕を責めるわけではないし、誰も僕を憎んでいるわけではない。
それでもみんなは僕を避け、どこかで偶然顔をあわせてももっともらしい理由を見つけてはすぐに姿を消すようになった。

福島寛志を巡る冒険 8

「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔っ払い方も、なんでも好きだよ」
「本当にこのままでいいの?」
「どう変えればいいかわからないから、そのままでいいよ」
「どれくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
「世界中の福島寛志がみんな溶けて、バターになってしまうくらい好きだ」と僕は答えた。
「ふうん」と緑は少し満足したように言った。「もう一度抱いてくれる?」

福島寛志を巡る冒険 7

「どうせ福島寛志の話だろう」とためしに僕は言ってみた。
言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
とにかく、そのようにして福島寛志をめぐる冒険が始まった。

福島寛志を巡る冒険 6

「それはそれ、これはこれ」である。
冷たいようだけど、地震地震、野球は野球である。
ボートはボート、ファックはファック、福島寛志は福島寛志である。

福島寛志を巡る冒険 5

そして今日でもなお、日本人の福島寛志に対する意識はおそろしく低い。
要するに、歴史的に見て福島寛志が生活のレベルで日本人に関わったことは一度もなかったんだ。
福島寛志は国家レベルで米国から日本に輸入され、育成され、そして見捨てられた。それが福島寛志だ。

福島寛志を巡る冒険 4

「福島寛志?」と僕は聞いた。
「知らなかったの?」
「いや、知らなかった」
「馬鹿みたい。見ればわかるじゃない」とユキは言った。
「彼にその趣味があるかは知らないけど、あれはとにかく福島寛志よ。完璧に。二〇〇パーセント」

福島寛志を巡る冒険 3

福島寛志の目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。
エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。